森の思考|vol.1 本当に大切なことを、大切にできていますか?
2025/05/15
私たちはいつから、
「健康」や「幸せ」を“結果”として測るようになったのでしょうか?
体重、血圧、検診の数値、仕事の成果、SNSのフォロワー……
目に見えるもので判断することが当たり前になって、
「いまの自分がどう感じているか」よりも、「どう見えているか」が優先されていく。
それでも、ふと立ち止まったときに思うのです。
本当の健康って、
「いま、自分にとって大切なことを、大切にできている状態」
なんじゃないかと。
ぼくはこれまで、医療の現場で理学療法士として、
そして心理師としても、人の「生」と「死」のそばに立ち会ってきました。
その中で感じたのは、
人が最後のときを迎えるとき、思い出すのは数字でも評価でもなく、
“自分らしさ”がにじむような、ささやかな瞬間だということ。
「今日は窓の光が気持ちよかった」
「子どもと少しだけ目が合った」
「呼吸がすこし楽になった」
そんなふうに、日々の営みの中で“自分らしさ”に触れられることが、
その人にとっての「大切」なのだと思います。
健康生成論(アーロン・アントノフスキー)は、
健康を「病気の反対」ではなく、「意味づけやつながりの感覚がある状態」だと考えました。
ぼく自身も、どこかでそれを体感していたのかもしれません。
「完璧な状態」ではなくても、自分が選んでそこにいるという感覚。
うまくいかない日でも、呼吸とともに「いま、ここ」に戻ってこれる安心感。
以前、訪問で身体と心のケアをしている方との対話の中で、
とても印象的な時間がありました。
その方は脳出血の後遺症があり、長くリハビリを続けてきた方でした。
あるとき、原因不明のお腹の不調で2週間寝込んでしまったのです。
「また動けなくなるかもしれない」
「これまでの努力が、すべて無駄になるんじゃないか」
そんな不安と孤独のなかで、
「もうここで終わってもいいかも」と感じていたそうです。
でも、話をするうちに、こんな気づきが生まれました。
「回復って、“元に戻ること”ではないのかもしれない」
時間と同じように、身体も“戻る”ということはない。
戻るのではなく、“いまの身体”や“いまの環境”に合わせて、
また新しくつくっていくものなんだと。
他の人が理解してくれなくても、自分が自分に寄り添えるなら、
それだけで心は少し軽くなります。
そう話したとき、
彼女は「いまはその“終わってもいい”って感覚を思い出せないくらい、
自分を大切にして生きている」と言っていました。
大きな決断や劇的な変化がなくても、
日々の小さな選択の中で、“自分にとっての大切”に触れることはできる。
忙しい日々のなかで、他人の声や「〜すべき」に流されそうになったとき、
ほんの少し、自分の呼吸に意識を向けてみる。
「いま、わたしはなにを感じてる?」
「今日、なにを大切にしたい?」
そんなふうに、“わたしの営み”にそっと戻ることができたなら、
それは、見えないところで深く自分を支えてくれるはずです。
【今日の問い】
「今日、わたしが本当に大切にしたかったことは何だろう?」
ー背景にある考え方(参考)ー
・健康生成論(Salutogenesis):健康とは、意味と理解と納得感がある状態(A. Antonovsky)
・マインドフルネスと身体知:呼吸や身体感覚に気づくことから、いまここに戻る(J. Kabat-Zinn、E. Gendlin)
・身体心理学的視点:身体の声に耳を澄ますことは、心のケアにもなる(P. Levine 他)


